二酸化炭素の排出をマイナスにしないと助からない

問題は単純です。

すでに二酸化炭素の濃度が高すぎるので、二酸化炭素の排出を減らそうが、地球の温度は上がります。死にます。

例えば、2050年までに二酸化炭素排出をゼロにするだとか、遅すぎます。

しかも、二酸化炭素排出をゼロにしたところで、植物の光合成による吸収にあまえても抜本的な濃度減少にはならないでしょう。人類が、排出を止めたうえで二酸化炭素を飛躍的に吸収する手立てを実現しないと、助からないでしょう。

日本など人類は、二酸化炭素の排出を止める気がないので、地球の温度は飛躍的に上昇してきています。

しかも、極氷や氷河や永久凍土などの融解熱で温度上昇が抑えられてきたものも、融けてしまったあとは抑えがなくなるわけです。

つぎは、海水などの蒸発で気化熱を奪うほうが主になるでしょうが、気温の上昇で飽和蒸気圧は上がっても、気温も絶対湿度も高くなり、猛暑灼熱の世界になっていくでしょう。乾燥して水がないということには案外にならなくて、汗が蒸発しなくて「熱中症」で死ぬほうが多くなっていくように思われます。そしてまた、気温と絶対湿度の上昇は、豪雨や台風をエスカレートさせることにもなるでしょう。実際に、日本の気候はすでに崩壊しています。

話は小中学生でもわかるほど簡単で、むしろ成年のほうが人間社会のしくみに馴らされすぎて道理がわからなくなっているのでしょうね。

ヨーロッパの動向がどうとか、グリーンディールがどうとか、エシカルがどうとか、そういう理屈は、日本人や日本社会にはまともに通用しないと私は考えています。
日本社会は、外圧が強制的にかけられなければ変わらないことが多いです。現代の日本は、米国の模倣が中心ですから、少なくともバイデンに替わったときにでも大幅に政策転換が起こりでもしなければ、日本も変わらないのだろうと思います。

広告代理店とマスコミが煽って流行りをつくろうという発想を、環境省なり国際機関やNGOなどの活動者なりは考えるかもしれません。が、日本人と日本社会はお金で動き、易きに流れる習性が強いので、小洒落た感じで気分良く「私っていい子」のつもりでやっていても、まともな変革にはならず、むしろ破壊活動を続けたままの偽善者でいるでしょう。ナルシズムです。

問題は単純です。
現実を認めることと、小中学生でもわかるレベルの論理や因果を受けとめることです。
理屈に理屈では、自分にとって愉快な理屈を採用されるだけでしょう。都合のいいところだけしか見ないで、間違えても直さないし、「宿題」から逃げます。
なにより、現実を観察しようとしないまま理屈をこねていることにいいことはありません。人それぞれで自分の世界を主張して事実認識が合わないので、協調性はなく、争ってばかりでものごとは進みません。