COP26を終えて

COP26の結果をみて、予想通りでしたが、人類に対する絶望しかありません。

産業革命からの気温上昇を1.5度に抑えるという数値目標自体も、そもそも海洋をはじめ生態系など地球全体のあちこちの崩壊が進んでいることからいって、短絡的で、現実をみていないと考えられます。が、たかがそんな数値目標すらも、掲げているだけで、やる気がありません。

これは、人類の自己管理能力のなさと、政治が「綱引き」(対立)で行われるゲームであることの結果なのでしょう。ですから、予想通りにダメな結果です。そもそも人類という生物に対して期待がもてないから当然のことです。

安倍&トランプ政権時代からはとりわけそうですが、みなさんの世の中は、どんな事実を出してきても、自分達にとって愉快でラクなほうに曲解して甘えてしまいますね。ですから、定量的にいかに危険だということを示しても、マシなほうを強調します。そして、さまざまな説のなかでも自分が得でラクで愉快なほうをえらびますよね。安倍政権にせよ、スガ政権が学術会議を叩いたのにせよ、諮問して出でくる回答が自分の都合のいいものになるように、「御用学者」「御用会議」化させ、自分の出したい結論が先に決まっています。

政治の業界の失敗は、対立して、おしあいへしあい、責任のなすりつけ合いや逃避。その妥協の産物で結論が決まることです。それがCOP26でもよくあらわれています。

現実には、今すでに二酸化炭素などを出していること自体が間違いです。すでに、二酸化炭素は濃すぎます。それでも、出すのをやめない。産業・社会・経済構造自体を直してでも、人類自身の故障を直して止めないといけないのに、自分達が壊れて狂っているので、自分でも直さないのです。

日本人にはとりわけ呆れますし、諦めています。なにせ、選挙の主要論点にすらならなかったわけですから。未だに。何十年も前から問題になってきたはずなのに、主要論点になったことがありません。日本はひどい国家です。日本人は卑しいです。ここの活動にしても、徒労感しかありません。なにせ、救いようがないのを相手にしているわけですから。

縄文人をはじめ昔の祖先達は解ってやってきたことが、いまの日本人には解らないのです。縄文人や、その生き方を受け継いだアイヌ文化や、国外でいえばアボリジニなど俗にいう「先住民族」の多くが解って実践してきたこと。それが、征服意欲が強くエゴが肥大化して自己管理能力のない、中世以降現代に至るまでのマジョリティの人々には解らないのです。そして、お金と快楽で生きて、そのための人間社会のシステムで、外部負経済を、ゴミを、ポイ捨てして、ほかの人々や生き物や母体である地球を虐げているのです。実際に、日本人は、アイヌのことも、自分の祖先の縄文人のことも、お金のための資源としてマネタイズしていますよね。

まだ決定ではないんですが、
ここの活動にしてもムダなんで、もっと別の国や言語や組織に力を入れたほうが救いがあるような気がしています。ここのドメイン名は有効期限がまだ2022年6月いっぱいまでありますが。それよりも私たちは、困窮していたり、私生活でトラブルが続いていたり、経済だけではなく心身でも余力がないんですよ。さきの衆院選も結果以前に内容にしても絶望しかありませんし、私たち自身の心身がもたない感じですから、もう。